この記事のポイント
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住宅ローンを借りてマイホームを購入した後は、ローンの利息(金利負担)を減らすために繰り上げ返済をする人が多いかもしれません。しかし、繰り上げ返済のために準備したお金は、ローンの残高を減らして利息を節約するだけでなく、資産を増やすほうにも利用できます。手元のお金を繰り上げ返済に充てるべきか、資産運用で増やすべきか、2つの方法を比べてメリット・デメリットをご紹介します。
繰り上げ返済と資産運用、それぞれのメリットとデメリット
住宅ローンの繰り上げ返済を優先する場合と、資産運用を優先する場合の主なメリット・デメリットは以下の通りです。
繰り上げ返済を優先 | 資産運用を優先 | |
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メリット |
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デメリット |
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繰り上げ返済、資産運用をそれぞれ優先した場合の主なメリット・デメリット、フィデリティ証券が作成
繰り上げ返済を優先するメリット・デメリット
繰り上げ返済を優先するメリットは住宅ローンの残高(返済元本)が減ることです。残高に応じて支払う利息(金利負担)も節約でき、たくさん借金をしているという精神的な負担も和らぐでしょう。
繰り上げ返済のデメリットは、繰り上げ返済をするほど団体信用生命保険(団信)の価値が下がることです。例えば、万が一の際に住宅ローンの残高がゼロになる団信の場合、住宅ローンの残高相当額が実質的な保険金額になります。繰り上げ返済をしてローン残高が減れば自動的に保険金額も減るため、状況によっては、追加で生命保険などに加入することも必要です。
資産運用を優先するメリット・デメリット
資産運用を優先するメリットは、投資によってリターンを得て、長期的な資産の増加が期待できることです。また、繰り上げ返済をしない分住宅ローンの残高は減りにくくなり、利息も節約できませんが、一方で団信の価値も下がりにくくなります。
最も大きなデメリットは、投資によって運用資産が目減りするリスクがあることです。住宅ローンを抱えたうえでさらにリスクを負うため、二の足を踏む人も多いはずです。住宅ローンを全期間固定型以外の金利タイプで借りている場合は、繰り上げ返済と比べて長期間にわたり金利の変動リスクも残り続けます。
繰り上げ返済と資産運用それぞれの具体的な効果は?
繰り上げ返済を優先した場合と資産運用を優先した場合のそれぞれ効果について、具体的な事例で確認します。
現在の家計の状況
現在45歳であるAさんの家計の状況を以下のように設定します。家計の状況をもとにしたバランスシートもあわせてご確認ください。バランスシートとは、資産と負債の残高が一覧できるよう整理した表です。
前提条件 ・10年ほど前にマイホームを購入 ・住宅ローン残高は3773万円(金利0.725%) ・金融資産は1500万円(すべて預貯金、利回り0%) ・マイホームの利回りは3.2%(年間160万円の家賃収入:賃貸として貸し出す場合) ・退職金は1200万円(定年退職は60歳) |
繰り上げ返済/資産運用開始前のAさんのバランスシート、フィデリティ証券が作成
バランスシートにある純資産とは、金融資産とマイホーム(不動産)の合計額(資産)から住宅ローン(負債)を差し引いた最終的に手元に残るお金で、以下のように計算します。
純資産=金融資産+マイホーム(不動産)-住宅ローン
=1500万円+5000万円-3773万円
=2727万円
マイホームの利回りは、賃貸として貸し出す場合に入居者から得られる家賃(帰属家賃、この場合は年間160万円)をもとに計算した利回りを記載しています。ただし、実際にはご自身が住んでいるため、賃貸に入居した場合に支払うであろう支出が軽減されるイメージです。
このように考えると、バランスシート自体が生み出すリターンは以下のように計算できます。
リターン=金融資産の生み出す収益+マイホームの生み出す収益-住宅ローンの金利コスト(支払い利息)
=(1500万円×0.0%+5000万円×3.2%)―3773万円×0.725%
=132.6万円
このバランスシートが生み出すリターンから利回りを計算した結果が以下です。
利回り=バランスシートのリターン÷純資産
=132.6万円÷2727万円
=4.86%
このバランスシートをもとに計算した純資産の利回りは4.86%となります(コーポレートファイナンスで言うところのROE・自己資本利益率という概念に相当します)。住宅ローン残高の減少にともなって利回りは毎年少しずつ上昇しますが、住宅ローンは返済期間が長い負債であり、利回りはゆっくりとしか上昇しません。効果的な資産形成につなげるためには、この利回りをさらに高めることが大切です。
今後30年間のバランスシートの変化
先ほどご紹介したバランスシートが毎年どう変化するのか、詳しく見ていきます。このご家庭が住宅ローンの繰り上げ返済や資産運用をせずに予定通り返済を続けた場合、バランスシートは30年かけて以下のように変化します。
繰り上げ返済/資産運用をしない場合のバランスシートの変化、フィデリティ証券が作成
上向きの棒グラフが資産残高(預貯金、マイホーム・不動産)を示しています。下向きの棒グラフは負債(住宅ローン)の残高です。また、資産から負債を差し引いた純資産を折れ線グラフで表しています。75歳時点では住宅ローンは完済しているため、純資産はマイホーム約3660万円と預貯金約313万円の合計3973万円になると見込まれます。
なぜマイホームの価値が下がっているの? 繰り上げ返済/資産運用開始前は5000万円だったマイホームの資産価値を75歳時点で約3660万円と見積もりました。基本的に、不動産の価値は経年劣化によって目減りします。今回は毎年1%ずつ資産価値が下がると想定し、計算しています。あくまで簡易的なシミュレーションであり、実際にはその時の不動産市況によって資産価値は変わります。 |
このバランスシートをもとに、①繰り上げ返済、②資産運用をそれぞれした場合にこのグラフがどう変化するか、確認しましょう。
①繰り上げ返済を優先した場合
手元の金融資産1500万円のうち、すぐに500万円を繰り上げ返済に充てるとします。繰り上げ返済後のバランスシートは、以下のように変わります。
繰り上げ返済前後のバランスシートの変化、フィデリティ証券が作成
繰り上げ返済をしたため、金融資産は500万円減りました。一方で住宅ローンの残高も500万円減っています(繰り上げ返済時に支払う手数料は考慮せず)。繰り上げ返済後のバランスシートのリターンと純資産の利回りを計算すると、以下のようになります。
リターン=金融資産の生み出す収益+マイホームの生み出す収益-住宅ローンの金利コスト(支払い利息)
=(1000万円×0.0%+5000万円×3.2%)―3273万円×0.725%
=136.3万円
利回り=バランスシートのリターン÷純資産
=136.3万円÷2727万円
=5.00%
純資産の利回りは繰り上げ返済前の4.86%から5.00%に上昇します。まとまった金額を繰り上げ返済に充てることで住宅ローンの利息負担が大きく軽減したためです。このように何度か繰り上げ返済を実施すると仮定し、今後30年間のバランスシートの変化をシミュレーションした結果が以下となります。
繰り上げ返済後のバランスシートの変化、フィデリティ証券が作成
預貯金の残高が1400万〜1500万円に積み上がったタイミングで繰り上げ返済を2回実施し、60歳の定年退職時には退職金の一部で住宅ローンの残り(約800万円)を一括返済しています。その結果、75歳時点での純資産は4119万円となり、繰り上げ返済をしない場合と比べて146万円増えました。
②資産運用を優先した場合
手元の金融資産1500万円のうち半分の750万円を想定利回り3%の金融商品で資産運用したと仮定します。つまり、金融資産の利回りが1.5%になる計算です。バランスシートは、以下のように変わります。
資産運用開始前後のバランスシートの変化、フィデリティ証券が作成
資産運用開始後のバランスシートのリターンと純資産の利回りを計算すると、以下のようになります。
リターン=金融資産の生み出す収益+マイホームの生み出す収益-住宅ローンの金利コスト(支払い利息)
=(1500万円×1.5%+5000万円×3.2%)―3773万円×0.725%
=155.1万円
利回り=バランスシートのリターン÷純資産
=155.1万円÷2727万円
=5.69%
純資産の利回りは資産運用開始前の4.86%から5.69%に上昇します。利回りがゼロだった金融資産からリターンが得られるようになったためです。このように何度か利回り3%の金融商品に追加投資すると仮定し、今後30年間のバランスシートの変化をシミュレーションした結果が以下です。
資産運用開始後のバランスシートの変化、フィデリティ証券が作成
このケースでは預貯金の残高を一定に維持しつつ、家計が黒字の場合には利回り3%の金融商品に追加投資し、運用資産額を増やしたと想定しています。この結果、75歳時点での資産総額は5547万円となり、純資産は資産運用開始前と比べておよそ1600万円増えました。
資産運用にはリスクがあるため、実際の利回りは大きく変動する可能性があります。また、税制優遇のない特定口座などで資産運用する場合は売却益などが課税されるため、実際のリターンは目減りします。
ただし、そうしたデメリットを踏まえても、長期的な資産形成という観点では住宅ローンを借りながらでも資産運用を行うメリットのほうが大きいのではないでしょうか。
まとめ
繰り上げ返済を優先した場合と、資産運用を優先した場合という極端な2つのパターンでシミュレーションを実施し、それぞれのメリット・デメリットも確認しました。将来への不安はあるけれどあまり積極的に資産運用のリスクを取りたくない、という場合はこの2つのパターンの中間、つまり適度に繰り上げ返済を行いつつ資産運用もするというスタイルでもよいでしょう。
将来のライフプランを見据えつつも、考え方やリスク許容度、家計の状況などに応じて、ご自身に最も適した形でお金を管理しましょう。